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最高裁判所第二小法廷 昭和26年(オ)298号 判決

主文

原判決を破棄し本件を広島高等裁判所に差し戻す。

理由

原判決は、被上告人(原審参加人)主張にかかる金七六万円が原審被控訴人(鳥取県農業会)から上告人の預金口座に払込まれた事実を確定した上、右入金の原因となつた右被上告人主張にかかる原審被控訴人と上告人(水産業会)の北松支所長事務取扱田中仁作との間になされた受託契約は、法人たる上告人の事業目的の範囲外の行為であるが故に、上告人に対して何らの効力を発生しない無効の契約であるとし、従つて上告人の預金口座に対する前示の入金は上告人の不当利得となるものとし、しかも、右入金については、上告人(水産業会)の北松支所長事務取扱田中仁作は右契約締結に際し、右契約の締結及び現金の受託は上告人の事業目的の範囲外の行為であり、従つて法律上の原因なくして該金員を取得するものであることを知つていたという事実を確定し、右田中仁作において右事実を知悉していた以上、上告人自身右金員を取得するにつき悪意であつたものと解すべきであると判示したのである。

しかしながら、右受託契約が上告人水産業会の目的の範囲外の行為であるとする以上、原判決が右水産業会の支所長事務取扱に過ぎない田中仁作の悪意を以て直ちに右法人たる上告人の悪意と解するについては、すべからく、その法的根拠を示さなければならない。若し、同人が右法人の機関たる地位にあるにおいては、同人の悪意を以て、法人の悪意とすべき場合のあることは当然であるけれども、同人が単なる法人の使用人に過ぎないならば法人の目的の範囲外に属する事項について法人を代理するの権限のないことは勿論であつて、従つて代理権なきものの悪意を以て直ちに、本人の悪意と目すべき法的根拠を欠くからである。原判決が右田中仁作の上告人水産業会における地位を明確にすることなく、たやすく同人の悪意をもつて上告人の悪意と解したことは、この点に関する法令の解釈をあやまり審理不尽の違法に陥つたものと云わざるを得ない。

よつて論旨は理由あり、原判決は破棄を免れないものであるから民訴四〇七条を適用して主文のとおり判決する。

この判決は裁判官小谷勝重同谷村唯一郎の少数意見を除く裁判官全員一致の意見である。

裁判官小谷勝重の少数意見は次のとおりである。

多数意見は、単なる法人の使用人に過ぎない者は法人の目的の範囲外の事項については法人を代理する権限のないことは勿論であるから、代理権のない者の悪意をもつて直ちに法人の悪意と解されないというのであるが、法人の機関も法人そのものではなく、従つて目的外の行為については機関と雖も法人を代表する権限なく、従つて当該法律行為本来の法律上の効果はこれを法人に帰せしめ得ないことは民法四三条等の規定に照し明らかであるといわなければならない。従つて使用人の行為と雖もまた同様であつて、即ちたとえ機関の委任によつても当該法律行為本来の法律上の効果は法人には及ばないのである。この点においては機関であると使用人であるとの間に何等の差異はない。

しかし、不当利得における善意悪意の関係は機関と使用人の場合とでは本質的に差異があるのである。何となれば機関は法人の行為機関であるから、機関が目的外の行為をした場合、その法人に及ぼす不当利得の効果は当該機関の悪意をもつて法人の悪意を形成するものと解すべきであるが、使用人独自の行為の場合は使用人は法人の機関ではないからその悪意は当然には法人にその効果を及ぼさないものといわなければならないからである。そして以上は多数意見も同旨である。しかしながら使用人と雖も機関の命令、指示、委任または承認を得てした行為の場合においては、機関自らがした行為の場合と同様の法律上の効果を法人に及ぼすものと解するを相当とすべきである。何となればこの場合機関自身がした行為の場合と何等区別すべき理由を発見し難いからである。そしてこの場合法人に及ぼす不当利得における善意悪意によつて異なる法律上の効果は、使用人の意思如何にかかわらず機関の善意悪意によつて決すべきものといわなければならない。されば本件の場合田中仁作が単なる使用人に過ぎないならば同人の悪意をもつて直ちに上告人会の悪意とした原判決の誤りであることは多数意見に賛成であるが、使用人の行為は如何なる場合でも(即ち機関の命令、指示、委任又は承認を得た場合でも)、法人の悪意を形成しないとするように見える多数意見には賛同し得ないものである。

されば、本件北松支所長事務取扱田中仁作がした本件受託契約が、上告人会の事業目的の範囲外の事項であつても、それが以上各場合(即ち上告人会機関の命令、指示、委任又は承認を得た場合)の何れかに該当すると判断される場合においては、本件不当利得の法律関係においては上告人会は悪意の受益者の関係に立つものといわなければならない。そして以上の場合の「承認」が行為の事後になされた場合においては、その時以降上告人会は悪意の受益者となるものと解すべきである。

原判決が確定した事実によれば「……そこで被控訴人は同月(昭和二二年一〇月)二五日頃被控訴人と訴外会社との右煮干鰮売買契約につき出荷斡旋の労をとる控訴人北松支所長事務取扱田中仁作との間に(1)金七六万円を右田中仁作に寄託する(2)右田中仁作は右訴外会社が真実煮干鰮の船積をしたときは被控訴人の承認を得て右金員中より残代金に相当する金七五万六千円を同会社に交付する旨の契約を締結したこと、そこで被控訴人は右約定に基いてその頃金七六万円の現金を控訴人の預金口座に払込んだことを認定することができ……」というのであつて、(イ)本件受託契約が締結されるに至つた経緯事情(この点第一審判決は「……被告に於て会員のためその販売に係る煮干鰮の代金回収を確保するためになされたもの……」と判断しており、原判決はその引用する第一審判決事実摘示において被控訴人即ち被上告人の主張するところである。しかるに原審はこの主張に対する判断を欠いておるのであるが、この点は重要な法律問題であつて、即ちもし右「会員のためその販売に係る」との事実が、加工水産物配給規則施行以前のことであるならば、本件受託契約はむしろ、なお上告人会の関連または附帯の業務としてその目的範囲内のものと解される場合があると思料されるのである)、(ロ)その金額は相当高額であること、(ハ)上告人会自体の預金口座に払込まれたものであること、(ニ)反対の事情と証明のない限り右払込以後上告人会の一般経理に利用されたものと認むべきこと等の事実より考察すれば、反証のない限り本件七六万円が上告人会の預金口座に払込まれその経理に属するに至つた時以降、本件田中のした受託契約は上告人会において少なくとも承認(即ち機関の命令指示又は委任がなかつたとしても)したものと解すべきであつて、従つて田中がたとえ上告人会の機関ではなく使用人であつたとしても、上告人会は右時以降悪意の受益者(即ち本件受託契約は上告人会の事業目的範囲外の行為であることを知るもの)となるものと解するを正当とすべきである。されば原判決が、多数意見判示の如く、田中仁作の悪意をもつて直ちに上告人会の悪意を形成するものの如く解したことは法令の解釈を誤つた違法はあるが、その主文及び理由の結論は結局正当に帰するから、本件上告は理由がなく棄却するを相当と信ずる。

以上の外、わたくしはなお次の意見を附加する。

破棄差戻しの本判決(即ち多数意見)によるとしても、その判示には、すべからく田中のした本件受託契約につき上告人会(即ちその機関)の命令、指示、委任若しくは事前または事後に承認があつたか否かの点についても原審で再審理せしめるため(即ち多数意見判示の如く田中が機関であつたか否かの点の外に)、以上の諸点につき法令解釈の誤り及び理由不備乃至審理不尽の違法ありとして原判決を破棄し差戻す旨の判示をなすを相当と信ずるものである(多数意見は以上と同趣旨を包含するもの、或は少なくとも右趣旨を排斥するものではないとも考えられるが、しかしこの点明確には判示されていないのである)。

裁判官谷村唯一郎の少数意見は次のとおりである。

多数意見は、原判決が、上告人の不当利得による返還義務を認定するにつき、北松支所長事務取扱田中仁作の悪意を以て上告人の悪意を認定しているものとすれば、すべからくその法的根拠を示さなければならない。そして同人が法人の機関たる地位に在るものでなく、単なる使用人に過ぎないものとすれば、法人の目的の範囲外に属する事項について法人を代理する権限はないのであるから同人の悪意を以て本人の悪意と目すべき法的根拠を欠くものであり理由不備の違法があるというのである。しかしながら原審における本件口頭弁論の全趣旨に徴すれば、被上告人の主張は、右田中仁作は上告人たる水産業会の従たる事務所である北松支所の支所長又は支所長事務取扱として(法人の機関でない)同支所の業務の一切を処理する権限があるものとしてその前提のもとに本件委託契約をした趣旨であることが窺われるのである。そしてこの点につき上告人においては何等異議を述べた形迹がないのであるから右被上告人の主張は当事者間に争いがなかつたものと認められるのである。原判決が「北松支所長事務取扱の資格において」と判示しているのはこの趣旨を示しておるのであるから、本件契約における田中仁作の法律上の地位は原判示により充分認めることができるのである。次に上告人の不当利得について使用人である田中仁作の悪意を以て上告人の悪意を認定したことが正当であるか否かの点であるが原判決は被上告人鳥取県農業会が南都商事株式会社より煮干鰮の買付をするにつき上告人の北松支所長事務取扱田中仁作との間にこれに関する委託契約を締結し、その代金の支払に充てるため金七六万円を上告人の取引銀行の預金口座に入金した事実を認定した上右委託契約は上告人の事業目的の範囲外の行為であるから田中仁作が北松支所長事務取扱の資格において為しても右契約は上告人に対して何等の効力を発生しない無効の契約であると判示し、結局上告人の不当利得を認めたのであるが、右委託契約の締結について考察すると、田中仁作は上告人の委任により従前から北松支所長又は支所長事務取扱として同支所の業務の一切を担当処理していたのであり原判示によれば委託者である鳥取県農業会において田中仁作に右委託契約締結の代理権ありと信ずべき正当な事由がある場合に当るものと認められ従つて民法表見代理の規定が適用せらるる場合に該当するから、本件不当利得につき民法七〇四条を適用するについては同一〇一条に則り上告人の代理人である田中仁作につき悪意の有無を定めるべきである(私は民法一〇一条はいわゆる表見代理人の法律行為についても適用があるものと解するから不当利得についてもこれに準拠すべきである)。原判決が「控訴人(上告人)の北松支所長事務取扱たる田中仁作において右事実を知悉していた以上控訴人(上告人)自身右金員を取得するにつき悪意であつたものと言わねばならぬ」と判示しているのは結局において上述の見解と同旨に帰するものであるから原審の判断は正当である。

本件のような場合において法人の業務を代行する支所長事務取扱が法人の機関でないというだけの理由により法人の不当利得に関する悪意の存在を根本的に否定せんとする見解は専ら形式論に終始し取引の実情を無視するものであつて善意の第三者を保護する所以でない。原判決の説明はいささか意を尽くさないところがあるが判文の全趣旨を玩味すればその判旨を看取することができるのであり且つその結論において正当であるから本件上告は理由なきものとして棄却するを相当と考える。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)

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